神の言葉

第1章:異星人との接触

深夜、東京都心の防衛省地下深くに位置する会議室は、冷たく重い沈黙に包まれていた。薄暗い照明の下、壁に投影された一枚の写真が、出席者全員の視線を釘付けにしていた。それは地球外生命体——「宇宙人」の姿を捉えたものだった。青緑のウロコに覆われた二足歩行の爬虫類のような異形の存在が、静止画の中で不気味に佇んでいる。

「……これが、今朝、我々とコンタクトを取ってきた存在です。」

自衛隊最高司令長官の声が、硬く、低く、会議室に響き渡った。彼の視線は、防衛大臣と総理大臣に向けられていた。自衛隊長の表情は普段の冷静さを保ちつつも、わずかに緊張が滲んでいる。「現在、彼らは成田空港の滑走路に着陸し、日本政府との直接交渉を要求しています。目的は不明。脅威度も未知数です。」

総理は額に汗を浮かべ、深いため息とともに言葉を絞り出した。「異星文明とのファーストコンタクトか……、歴史の転換点だ。一歩間違えれば、人類の存亡に関わる。慎重に、かつ迅速に対応せねばならん。」

会議室の空気はさらに重みを増し、凍りついた。軍事、外交、科学の分野から集められたエリートたちは、誰もが息を詰め、事態の深刻さを噛み締めていた。壁の時計が刻む音だけが響き、緊迫感を一層煽る。もしこれが敵対的な接触であれば、戦争すら超えた未曾有の危機が訪れるかもしれない。「宇宙人」との交渉——それは人類史上最も危険で、最も予測不能な挑戦の幕開けだった。

第2章:方言の行方

次の日の夜、成田空港にて、宇宙船が止まる滑走路には日本の政府団を後方に、総理、防衛大臣、そして自衛隊長が並んで宇宙人が出てくるのを待っていた

この宇宙船を取り囲むように、警備隊が銃を構え、もしもの時に備える。警備隊と政府関係者、そして最前の3人が冷や汗をかく中、異星船のハッチがゆっくりと開いた。その場にいる全員に緊張が走る。そこから降りてきたのは、全身が青緑色のウロコに覆われた三人の宇宙人だった。

彼らはゆっくりと歩み寄り、日本政府の代表、3人の前で立ち止まった。次の瞬間、宇宙人たちは喉元につけた機械を指で調整する。1人の宇宙人がゆっくりと口を開けた。

「ギィ…ギギギ、ガァア、グッ…」

何を話しているのか誰も理解できない。警備隊の銃を握る手に力が入る。そして再度、宇宙人は喉元の機械を調整した。

「ガッ、ギ…、オッオッ、おぉ〜っす! どもども、地球のみなはん、うちがゼータ星の外交使節団ですわ!」

突然の関西弁に、場が凍りついた。

…3秒の沈黙の後、「イヤなんで関西弁やねん!」 スパァン!と防衛大臣が総理の髪のない頭をひっぱたいた。突然のツッコミに総理も目が点になり、自衛隊長と目を合わせる。再び3秒の沈黙の後、冷静に戻った防衛大臣が「申し訳ありません、総理。突発的な事案だったもので…」と謝罪する。「まあ、突発的な事案なら致し方ない」と、3人は再び宇宙人と向かう。

「いやぁ、うちの星では『地球の神の言葉』っちゅうもんが流行っとりましてな! どないかして正式にお近づきになりたくて、こうして来させてもろたんですわ!」

「えっ……神の言葉?」

日本側の代表団は混乱した。言葉の意味が理解できない。いや、単語は分かる。だが、文脈が意味不明だ。最前列に立っていた防衛大臣が、おそるおそる口を開く。

「も、申し訳ありません……『地球の神の言葉』とは、具体的に何のことを指しているのでしょうか?」

その問いに、宇宙人たちは満面の笑みを浮かべ、手に持っていたデバイスを掲げた。そこには、ホログラムのような、宙に浮いた光文字で、日本語の文章が映し出されていた。

 ——『ずっと、君のことが好きだった。幼馴染としてではなく、ひとりの異性として』

その場に沈黙が落ちた。

第3章:神の言葉

「…こ、これは?」防衛大臣が慎重に尋ねると、宇宙人たちは感動した表情で大きく頷いた。その時、後ろで見守っていた政府団の1人が、小声でボソッとつぶやいた。

「……これ、ラノベのセリフじゃね?」

「え?」

「いや、これ、確か『幼馴染と二度目の初恋』っていうライトノベルの告白シーンだぞ……」

瞬間、日本政府の面々が言葉を失った。突如、横から総理がものッッすごい早口で解説を始めた。

「いやはや、この物語はですね、主人公の愛城恋太郎君が、なんともまあ大変な運命を背負っておりまして、神様のミスで100人もの運命の相手と結ばれてしまうわけでございます。それもですね、ひとりでも幸せにできなかったら命を落とすという、実に重い責任を負っておるのですよ。わたくしも総理として国民の幸せを考える身でありますが、この恋太郎君の苦労には同情を禁じ得ないのであります。」

3秒の沈黙の後、「イヤめちゃくちゃファンやないかい!!」 またしてもスパァン!と防衛大臣が総理の髪のない頭をひっぱたいた。今回は間髪を入れず「総理、突発の事案でしたので」と説明。

総理は2度目なので今回は少しムッとした顔で「突発事案であれば致し方ない」と答えた。

これまで微動だにしなかった自衛隊長が、ふと眉根を寄せ、誰に言うともなくボソッと呟いた。「いや、総理…それより気になるのは、このゼータ星人、著作権料とか払ってるんですかね? JASRAC案件では?」

防衛大臣「イヤ、今それ言う!? もっと大事なことがあるだろうが!」

自衛隊長「ハッ!失礼いたしました!」

一連のやり取りを見守っていた宇宙人が口を開く。「総理、よう分かってますなぁ。いやぁ、ホンマええ言葉ですわ! めっちゃ心に響く! これこそ、神の啓示ちゃいます? うちの星ではもうこの言葉をモットーにした宗教ができてまいりましてな!」

「宗教……ですと?」

「せや! みんなこの言葉に感動して、毎朝唱えてるんですわ! うちのゼータ星ゼフス教の聖典第一章にもしっかり載ってますねん!」

日本側の代表団は理解が追い付かない。どういうことだ? 何が起きている?

「(君と僕とみんなでハチャメチャDays!愛のレインボー、キラキラ輝け Forever!)」 総理が小刻みに揺れながら、何か小声でブツブツと呟いている。おそらくこのラノベのアニメOPだ。

第4章:侵略危機

「……ちょっと待ってください。地球の神の言葉というのは、この一文のことなのですか?」

「せや! これこそが、地球の神の言葉ですわ!」

満面の笑みを浮かべる宇宙人たち。しかし、日本政府団は完全に混乱していた。

「つまり、ゼータ星では、日本のライトノベルの告白シーンを神の言葉として信仰してるってことですか?」

「そや! せやけどな、それだけやないねん!」宇宙人が急に声を張り上げ、目をギラギラさせながら続ける。「実はな、この言葉をワシらが研究してたら、もっとヤバいことが分かったんや!」

「ヤバいこと?」総理が身を乗り出す。

「せや! この『ずっと、君のことが好きだった。幼馴染としてではなく、ひとりの異性として』っちゅう言葉を、ワシらの星の翻訳機にぶち込んだらな、なんや宇宙の真理を解く鍵になるメッセージに変換されたんや!」

「宇宙の真理?」防衛大臣が怪訝な顔で聞き返す。

「そや! ほんで、そのメッセージをさらに解析したらな、ワシらの星に伝わる古代予言と一致したんや!」宇宙人が興奮気味にデバイスを取り出し、ホログラムで謎の文章を映し出した。そこには、日本語のセリフと、それが翻訳変換されたゼータ星の文字らしきもので書かれた文章が表示されている。リーダー格の宇宙人が、ホログラムに映し出されたゼータ語の文章を指差す。「この予言、ワシらの星が内戦でボロボロになっとる時に救いをもたらす言うてたんや!」

「内戦?」防衛大臣が眉をひそめて聞き返す。

「そや! 実はな、ゼータ星は今、めっちゃ揉めとんねん。部族同士が争って、星全体が分裂状態や。せやけど、この地球の神の言葉のおかげで、ワシら一部の科学者と宗教指導者が手を組んで、少しだけ平和を取り戻したんや!」宇宙人が誇らしげに胸を張る。

「少しだけ…ですと?」総理が首をかしげる。総理としては自分の大好きなラノベのキメ台詞が「少しだけ」しか平和に寄与しないことにやや不満げだった。

「せやから、まだまだ戦いは続いとる。でも、この言葉を翻訳機に通したら、宇宙の真理の一部が解けてな、争いの意味を見直すきっかけになったんや。せやけど、まだこれだけじゃ足りひんねん」

宇宙人の声が急に低くなり、場の空気が一変した。「もっと、もっと特殊な力を持った日本語を教えてくれ」宇宙人の語気が強くなる。「教えてくれへんかったら……ワシら、侵略によって地球を植民地化して戦争終わらすしかあらへん!」

「侵略!?」自衛隊長が反射的に声を上げ、警備隊の銃口がわずかに動き出す。

「待て待て、落ち着け!」防衛大臣が手を挙げて冷静に制止するが、彼の顔にも焦りの色が浮かんでいた。「我々は平和的な解決を望んでいます。どうか、冷静に話し合いを——」

ここで再び自衛隊長がボソッと呟いた。「植民地化…ってことは、あれか? 地球の資源とか…あと、もしかして美女とかも狙ってるパターンか? そうか、美女か、美女だな、美女、美女、びj…」

防衛大臣「黙れっ!不謹慎なことを考えるな!」

自衛隊長「ハッ!失礼いたしました!」

「せやさかい、もっと神の言葉をくれ!」宇宙人が一歩前に踏み出し、手元のホログラム機をガチャガチャと調整する。「ワシら、他の日本語も試したんや。『こんにちは』とか『ありがとう』とか、適当に翻訳機にぶち込んでみたけど、ただのゼータ語にしかならんかった。この言葉だけが特別なんや! 頼むで、地球のみなはん!」

日本側の代表団は顔を見合わせる。状況があまりにも異常すぎて、誰も言葉を発することができない。宇宙人たちは真剣そのものだが、ラノベの告白のセリフを求められている、どう対応すればいいのか誰も分からなかった。

第5章:新たな宇宙の真理

「ええと……」総理が咳払いをした。「つまり、あなたたちは、この言葉に匹敵する、特別な力を持った日本語を求めているわけですね?」

「そや! その通りや!」宇宙人が目を輝かせて頷く。

「で、なければ、侵略すると…」防衛大臣が確認するように尋ねる。

「せや。ワシらも背水の陣やねん。ゼータ星の未来のためやったら、なんでもする覚悟や!」宇宙人の声に鬼気迫るものがあった。

滑走路に重い沈黙が落ちる。警備隊の銃を握る手にはさらに汗が滲み、後方に控える政府団の表情も凍りついていた。誰もが「どうすればいいんだ」と頭をフル回転させる中、総理は目を閉じて深呼吸をした。

「……分かりました。提案があります。」総理が静かに口を開く。背水の陣の緊張感の中、彼の声は意外にも落ち着いていた。「新たな神の言葉を、提案いたしましょう。」

「ほんまか!?」宇宙人たちが一斉に身を乗り出す。

「総理、何を——」防衛大臣が不安げに声を上げるが、総理は手を挙げて制する。

総理が一息ついて、ゆっくりと言葉を紡ぎ出した。

「——『お好み焼きは、ご飯のおかずになる』。」

その瞬間、場が完全に静まり返った。宇宙人たちは目を丸くし、政府団の誰もが息を止める。次の瞬間、防衛大臣が我慢しきれずに叫んだ。

「イヤ関西弁に引っ張られすぎィ!!」スパァン!と、いつものように総理の髪のない頭を叩く。 「しかも恋愛ラノベのセリフちゃうんかい!!(スパァン!)もはや期待してたわァ!!(スパァン!)」

防衛大臣、今回は勢い余って3発も叩いてしまい、謝罪も忘れ、ハァハァと肩で息をしていた。

「地球、終わったな……」後ろにいた政府団の一人が呟き、他の者たちも絶望的な表情で頷く。誰もが、この一言でゼータ星人との交渉が決裂し、侵略が始まると確信していた。

三たび自衛隊長が、今度は冷静に、ボソッと進言する。「総理、その発言、関東圏と関西圏の新たな火種を生む可能性があります。文化相対主義の観点から慎重な配慮が求められますが…個人的には白米必須派です。」

防衛大臣「だから今それじゃないんだって!! どっち派とか聞いてない!」

自衛隊長「ハッ!失礼いたしました!」

そして、総理の言葉を聞いた宇宙人たちは動き出した。リーダー格が慌ててデバイスを取り出し、総理の言葉を翻訳機に入力する。機械がウィーンと音を立て、数秒後、ホログラムに新たな文章が映し出された。総理の言葉の横にゼータ語の文字列が浮かび上がる。

宇宙人たちが一斉に息を呑む。そして、次の瞬間、彼らは歓喜の声を上げた。「こ、これや! またしても宇宙の真理や!」リーダー格の宇宙人が興奮して叫ぶ。

「えええっ!!?」防衛大臣、自衛隊長、そして政府関係者は目を丸くした。「いったい…、どのような言葉が変換されたのでしょう…?」

宇宙人が答える。「『異質なものが交わることで、調和が生まれる』……この言葉も古代の予言に書かれとった!星に帰ってもっと研究すれば、ワシらの星に完全な平和が訪れるかもしれん!いや、絶対に訪れる!」

「なん…だとっ?」総理以外の全員が目を瞬かせる。

「ホンマにありがとう、地球のみなはん!」宇宙人たちは感極まった様子で頭を下げた。

「待ってください、本当にそれでいいんですか!?」自衛隊長が慌てて尋ねるが、宇宙人たちはすでに踵を返し、宇宙船へと向かっていた。

「ええよ、ええよ! もう十分や! 地球のみなはん、また会おうな!ちなワイはバースよりも掛布派やで!」リーダー格が手を振ると、ハッチが閉まり、宇宙船は轟音と共に夜空へと飛び立っていった。

滑走路に残された日本側は、ただ茫然と空を見上げるしかなかった。誰もが「何が起きたんだ?」という表情を浮かべ、しばらく言葉を発する者はいなかった。

第6章:決着

「……総理。」やがて、防衛大臣が静かに口を開く。「先ほど、突発的に強烈なツッコミをいたしてしまいました。申し訳ありません。冷静に考えれば、あの状況でのあなたの『フザケたおした』言葉は、まあ、結果的に正しかったわけです……」

総理は少しムッとした顔で首を振る。「突発的な事案だったから致し方ない。そして、あの言葉はフザケて出てきた訳ではないのですよ。」

「えっ!?」

総理は続けた。「…おぼろげながら浮かんできたんです。お好み焼き、という言葉が」

「イヤそれ現実の政治家やないかいっ!!」 スパァン!と防衛大臣がツッコミを入れたが、今回はすぐさま「すすす、すいません、総理!!どうも現実とのオマージュにはツッコミを入れざるを得なく!!」

自衛隊長がボソッと呟く。「総理、浮かんできたのは46という数字です」

防衛大臣「リアルなこと言うな!」

自衛隊長「ハッ!失礼いたしました!」

総理は呆れ顔になりながらも「まあまあ、いいですよ、すべてはうまくいきました!さあ、みなさん、官邸へ帰りましょう!」

「は、はい!!」防衛大臣と自衛隊長が頭を下げる。

夜空に消えた宇宙船の光跡を見つめながら、日本政府の面々はようやく肩の力を抜いた。壮大なファーストコンタクトかと思いきや、蓋を開ければラノベと粉モンと関西弁。なんだかよく分からないうちに宇宙人は満足して帰っていった。人類の存亡も、案外こんな下世話なやり取りで左右されるのかもしれない。